九戸戦始末記 北斗英雄伝

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早坂昇龍(ノボル)&蒼龍舎                            



明治橋奇譚                  早坂昇龍

 本作は平成27年10月より12月まで盛岡タイムス紙にて連載された短編小説である。
 「盗賊の赤虎」シリーズからスピンオフした物語で、主役は「妖怪博士」たる井ノ川円了(井上円了)と森下林太郎(森鴎外)の二人だ。
 今回の二人は、盛岡の明治橋の袂に出没する幽霊を退治するために、再びみちのくに出発する。 

 『明治橋奇譚』

二月 盛岡の空(盛岡駅西口)
二月 盛岡の空(盛岡駅西口)

(一)陸奥(みちのく)行
 縁側で手水を使った後、ふと視線を上げると、庭の木々が眼に入った。
 庭の周囲には風除けのために、唐松や山桃の樹を植えてあった。これだけでは寂しいので、所々に何かしらの落葉樹を植え、季節を眼で楽しめるように工夫した。
 春は木瓜(ぼけ)だ。鮮やかな木瓜の紅色が、本格的な春の到来を教えてくれる。
 秋にはやはり紅葉(もみじ)だろう。この紅葉は秋が来る度に眼を楽しませてくれる。
 しかし、このところは雑事にかまけており、手入れをほとんどしなかったので、木々の枝が互いに入れ子になるほど伸びてしまっていた。
 「とんと気づかぬうちに季節が替わるなあ」
 私は独り言を呟いて、廊下を歩き始めた。

 この家の手水場は書斎とは逆の方角にある。このため、手水を使うには、家の周りを半周する必要がある。
 縁側廊下は家の周りを囲むようなつくりになっており、一辺がほぼ二十間の長さがある。幅も一間を少し超えるほどの広さで、かなりのゆとりがあった。
 その廊下の端まで進み、角を右に曲がると、私の三間ほど前に、日頃より見覚えのある背中が見えた。
 (ああ。森下君だ。) 
 森下青年は、玄関から板間に上がり、そのまま私の書斎に向かおうとしているのだ。
 森下青年は歩きながら、奥の書斎の方に向かって声を上げた。
 「井ノ川先生。先生はご在宅ですか!」
 何か火急の用事があるらしい。
 森下青年は気が急(せ)いているのか、ほとんど小走りになっている。
 彼がこういう時は、概ね用件の内容が決まっている。
 (森下君はまた何か妖怪話を持って来たのだ。)
 私は森下青年の背中に声を掛けた。
 「森下君。私はこっちだよ」
 森下青年が足を止め、後ろを振り向く。
 「先生。ご在宅でしたか」
 また何か変わった事件が起きたのだ。
 森下青年の嬉しそうな表情が、そのことを如実に物語っていた。
 「まあ、ひとまず書斎に入ろう。君の話はそこで聞こう。ゆっくりとね」

 私の名は井ノ川円了と言う。東京市の郊外に居を構え、この日の本に哲学を敷衍することを志している。
 明治のご一新の後、はや三十年近い月日が経ったが、この国の民は、いまだに迷信や俗信に囚われている。私が自らの務めと見なしているのは、人知で解決出来ることを、この世のものならぬ超常現象のせいにする。そんな世間の風潮を正して行くことだ。
 今、私の目の前にいる青年は、森下林太郎と言い、帝国陸軍の軍医を務める。
 森下君は二十歳を過ぎた頃から、長期に渡り独逸国に留学していたが、今からちょうど二年程前に帰国していた。 
 彼は帰国直後に、偶々(たまたま)私が狐狗狸(こくり)現象を解明するところを目の当たりにし、それ以来、時々、私の家を訪れるようになった。
 まあ、彼は陸軍の中ではまさに選良(エリート)そのものと言っても良く、自分の好きなように医学の研究をしても良い立場だ。それゆえ、彼は軍にあっても、比較的好きなように時間を使うことが出来る。
 そう言った経緯で、彼は市井で様々な怪異譚を拾って来ては、私の所を訪れる。
そして、私の家に上がり込んでは、挨拶もソコソコに「今度はコイツを退治しましょう」と持ち掛けるのだ。

 座卓の向こう側に座るなり、森下青年は早口で捲し立て始めた。
 「先生。今回の話は本物ですよ。先生の言われる『真怪(しんかい)』というヤツです」
 眼の色が真剣だ。森下青年は齢三十歳に届いている筈だが、好奇心が強いこともあって、実年齢よりもだいぶ若く見える。
 「円了先生。先生はエレオノーラ号をご存知ですか。露西亜(ロシア)船籍の貨物船・聖エレオノーラ号のことです」
 「ああ。つい最近新聞で読んだ。先頃、陸奥(みちのく)の海で見つかった漂流船のことだね」
 「そうです。魹(とど)ヶ崎沖を漂っていた船のことです」
 「確か船員全員が消えていた船だ」 
 「はい。その船はひと月ほど前に、海に浮かんでいるところを発見されました。その地の漁師が上がって見ましたが、船内には人が一人もいませんでした」
 「かの有名なメアリー・セレスト号と同じような話だね。そっちは今から四半世紀くらい前のことだ。その船は葡萄牙(ポルトガル)沖で漂流していたのを発見された。船の中には、つい今しがたまで誰かが食事をしていたような形跡があったが、しかし誰も乗っていなかった。なぜ船員が一人も乗っていなかったかは、いまだに謎のままだ」
 ここで森下青年が座卓の上に身を乗り出した。
 「こっちのエレオノーラ号は、発見された状況が彼の船とまったく同じでした。魹ヶ崎は本州の最東端の岬として知られる地です。船はこの岬の沖を漂っており、夜中に烏賊釣り漁船と衝突しそうになりました。漁師が合図をしても何の返事も無く、船上は真っ暗だったと聞きます。漁師たちが不審に思い、その船の中を検めて見たのですが、船上には誰一人として乗っていなかったのです」
 「不思議な話だ。どうやって無人の船がそこまで辿り着いたのか。また、なぜ人が消えたのか。皆目見当が付かない。荷物はそのまま残っているのだろ?」
 森下青年が頷く。
 「はい。今日はその荷物の話なのです。その船には欧州からの荷が積んであったのですが、荷はそのまま残されていました。その荷の中に私宛ての包みがあったそうで、昨日、『直ちに必要なら、こちらまで取りに来い』という報せが来たのです。程なく船は魹ヶ崎に近い姉吉港に曳航され、そこに停泊される模様です」
 「本州最東端の岬まで荷を取りに来いとは、実に難儀な話だ。本来なら船主が横浜まで運ぶ段取りを取るべきだろう」
 「しかし、船員全員が消息不明なので、露西亜国の船主に連絡を取り、先方が手段を講じるのを待つとなると、優に三か月は掛かります。それなら、そこまで来られる荷主は自分たちで取りに来いと言うのも、まあ分からないでもありません。ひと月で荷を手に入れる事出来ますからね。これでも善意のつもりなのでしょう」
 「台帳がそのまま残っていたので、送り先が分かったというわけか。しかし、外国から森下君へ荷が届くのなら、その荷の送り主は独逸国の人なのだろう?」
 「はい。詳細は分かりませんが、恐らくは私が彼の国に滞在していた時に、交わりのあった人の誰かが送って寄こしたのでしょう」
 「見当はつくのかね」
 「ライプツィヒとドレスデンには長く滞在していました。そこで私が下宿していた家族や訪問先に幾つか思い当たる人がおります」
 森下青年はここで言葉を止め、私の顔をじっと見詰めている。
勿論、森下青年が次に何を言わんとしているか、私はすぐに悟った。
 「そこで、君はこの私にも、その船の所まで一緒に行こうと言いたい訳だね」
 「はは。私は先生に向かって『一緒に行きましょう』などと申し上げられる立場にはありませんよ。ただ、こういう話なら、先生が黙って見逃す筈はないと考えたのです」 
 ここで私は座卓の脇に置いていた文箱(ふばこ)から、一通の手紙を取り出した。
 「偶々(たまたま)だが、二日前に、岩手の盛岡からこの手紙が届いた。六歳の子を持つ母親からの手紙だ。まずは、その手紙より先にこっちを読むと良い」
 私は手紙の中から新聞の切り抜きを引っ張り出して、森下青年に渡した。
 森下青年は四つ折りの紙を拡げ、声を上げて記事を読んだ。
 「どれどれ。去る八月一日。盛岡仙北町に住む尋常小学校一年の菊池孝君、菅原一郎君、小野寺芳江さんの三人、学校の帰路明治橋を渡りし。子ども等、橋の上より川面を見下ろするに、忽ち水面に着物を着た女が現れり。三人は驚きて逃げ帰りたる由なり」
 森下青年の朗読に、私が手紙の内容を続けた。
 「手紙はその記事に書かれた小野寺芳江さんの母親から届いたものだ。橋で幽霊を見てから、娘の芳江はずっと家に引きこもっている。どうか幽霊を退治し、娘が登校出来るようにして下さい、と書いてある。この手紙を貰ったのは、この記事が新聞に書かれる前のことだ。事件が起きた直後、すぐに書き送ったらしい」
 私の言葉を聞き、森下青年が零れんばかりの笑顔を見せた。
 「この日の本で、妖怪退治、幽霊退治と言えば、井ノ川先生を置いて他には頼れる方はおりません。何せ先生は別名『妖怪博士』と呼ばれる程の方ですからね」
 森下青年は二人帯同しての陸奥行きを疑ってはいないようだ。
 「それから何カ月も経ってしまったが、まあ、幽霊、あるいは妖怪が子ども等を悩ましているなら、是非とも解決しなくてはなるまいね。それに・・・」
 前回のこともある。
 あの怖谷(おそれだに)での稀有の体験は、今もなお私の心を悩ませ続けていた。
 これは森下青年の方も同じだろう。
 あれは今から一年前のことだ。
 我々二人は人探しのため、陸奥の伝説の場所・怖谷を訪れた。
 そこで二人は、俄かには信じられぬ体験をした。怖谷の中で見たことも、勿論そうだが、道行の途中で会った、あの二人の姉妹のことが、今も片時も私の頭から離れない。
 あの時、我々は怖谷に向かう途中で、山間の小さな村を訪れた。その村に老爺と住む二人の姉妹がいたのだ。

桜山神社
桜山神社

 二人は雪絵と朱莉(あかり)という名だった。
 あんな山奥の辺鄙な土地には、まずもって不似合の美人姉妹だった。
 私と森下青年は、各々の眼で姉妹を見たし、直に話もした。
 「先生。どうか私たちのことを東京に連れて行って」
 こう言って妹の朱莉は私に抱き付いた。
その時の朱莉の首筋から漂う匂いを、今も私は鮮明に記憶している。
 朱莉は確かに「私たちをここから連れだして下さい」と私に乞うたのだ。
その時の声は、今も時々、私の胸に甦る。
 しかし、その姉妹は、私たちと出会う十数年も前にこの世を去っていた。
 山崩れによって、屋敷もろとも土砂の下敷きになっていたのだ。
 すなわち、私がそこで会った姉妹は、既にこの世には存在しない筈の死者たちだったのだ。

 しかし、今も私はあの時の出来事が信じられない。
 (あのことは夢だったのか。それとも・・・。)
 私と森下君の二人が、まったく同時に同じ妄想を見る。そんなことが、現実に起こり得るものなのかどうか。
 もし妄想でなければ、あれは姉妹の幽霊だったということになる。
あれからもう一年以上もの時が経とうとしている。しかし、朱莉のことを思い出す度に、私の心は掻き乱されるのだ。
 
 森下青年は、じっと私の表情を見ていたが、すぐに私の頭の中を悟った。
 「円了先生。あの時のことを引き摺っていては、我々は先に進めません。あの出来事を吹っ切るためにも、再び陸奥に参りましょう」
 ここで私は深く頷いた。
 「うむ。どうしても一度は向き合う必要はあるだろう。早速、支度をする事にしよう」
 森下青年が膝を叩く。
 「そう来なくては。では明日の内に汽車の手配を致します。出来れば明後日には経ちましょう」
 「分かった。そのつもりでいよう」
 ここで森下青年は一旦腰を浮かしかけたが、再び座り直した。
 「先生。エレオノーラ号の荷下しには、それ相応の手配が必要になります。荷物の量によっては、荷駄を用意することになるかもしれません。私は仙台駅で汽車を降り、浜街道を北に向かいます。まずは姉吉港に行って、荷受けをして参ります。その後で盛岡に参りますので、そこで落ち合うという段取りでは如何ですか」
 「それで構わんよ」
 「しかし、仙台から先、盛岡までの道中、先生のお世話をする者がおりません。誰かもう一人連れて行かねばなりませんね」
 「そうだな。それなら誰を連れて行こうか」
 ここに書生は沢山いるが、やはりその内の誰かということになるだろう。

 私は森下青年と顔を見合わせながら、書生の幾人かを思い浮かべてみた。
 するとこの時、庭を隔てた小講堂から声が響いて来た。
 書生頭の晴山誠君が講義をしている声だ。
 晴山君は、昨秋、我々が怖谷を訪れることになった、本来の目的だった。私と森下青年は、行方不明になった彼を探すために、その谷に向かったのだ。
 我々は首尾よく晴山君を発見し、連れ帰る事が出来た。
 晴山君は怖谷から戻ると、自分の家の資産の整理を済ませた。彼は怖谷から胴巻きひとつ分の金塊を持ち帰ったのだから、それを使って家業を立て直す事も出来ただろう。 
だが、彼はそれで良しとはせずに、家財を売り払うことで負債を精算した。
 それが終わると、彼はすぐさま上京し、この中野の地を訪れた。そして、金塊は「私が学校を設立するために」とそっくりそのまま渡して寄こしたのだった。 
 こうして、晴山誠君は私の門下生の一員に加わった。
 「そう言えば、晴山君がいたな」
 「いましたね。彼は岩手育ちですから、今回の話には適任でしょう」
 「うむ。彼を連れて行こう」
 話は決まった。
 森下青年はさっと腰を上げると、私に一礼をして部屋から出て行った。

(二)明治橋の幽霊
 三人が列車に乗ったのは、それから三日後のことだった。
 あの怖谷の一件は去年の秋口のことだから、あれからきっかり一年が経っていることになる。
 一度経験しているので、今度の旅はそれほど長く感じなかった。
仙台駅で森下君が列車を降り、私は晴山君と二人で盛岡に向った。
 盛岡に着いたところで、ひとまずは宿を定めることにした。丸一昼夜を越え、列車に揺られて来たので、さすがに腰が疲れていたのだ。

盛岡城内 石川啄木の歌碑
盛岡城内 石川啄木の歌碑

 私と晴山君は盛岡駅の前にある陸奥館と言う宿屋を訪れた。
 「御免」
 玄関から入り、帳場の奥に声を掛けるが、誰も出て来ない。
 重ねて声を上げると、トントンと階段を降りる足音が響き、一人の少年が現れた。
 十六七歳程の年恰好だ。
 その少年が大人びた口調で、我々に告げる。
 「すいません。今はちょうど店の者が出払っています。どちら様でしょうか」
 「駅でこちらを案内された者です。数日の間、部屋を使いたいのだが」
 少年が帳簿を開き、部屋の空き具合を確かめる。
 「今より四日の間なら空き部屋がありますので、お泊りになれますよ。ではこちらにお名前をお書きください」
 少年が筆と宿帳を差し出す。
 私はそれに署名をして、少年に手渡した。
 少年は確認のためか、声を出して私の名を読んだ。
 「東京府湯島の井ノ川円了様。井ノ川・・・。これはもしや」
 少年が顔を上げる。
 「貴方様はあの哲学者の・・・」
 ここで晴山君が口を開く。
 「そうです。この方は哲学館の主、井ノ川先生です」
 「そうでしたか。先生の御高名はこの盛岡でもよく知られています。今回はどのような御用件でこちらにいらしたのですか」
 ここで私と晴山君は互いに顔を見合わせた。晴山君が小さく微笑んで、私に頷いた。
 私が頷き返すと、晴山君は少年に向き直った。
 「先生は幽霊を退治しに来たのです」
 少年はここで「合点が行った」というように二度頷いた。
 「ああ。明治橋の件ですね。今年の春から、時々噂に上るようになっています。当地の新聞にも載ったのですが、あの話は東京にも伝わっているのですか」
 これには私が答える。
 「手紙を貰ったのだよ。子どもたちが幽霊を怖れて小学校に行けなくなっている、とね」
 「それはようござんした。何せ先生は妖怪博士でいらっしゃいます。先生に来ていただけるのなら、相手が幽霊だろうと妖怪だろうと、きっと平気ですね。あの狐狗狸退治の件は、私の中学でも話題になりました」
少年の物言いがあまりにも大人びていたので、私は思わずぷっと吹き出した。 
 「君は中学生なのか。では、今は十四歳か十五歳ということか。言葉遣いが確りしているから、よほど大人びて見える」 
 この言葉に、少年がほんの少し笑みを浮かべる。
 「井ノ川先生。先生は明日にも明治橋に行かれるのでしょう。その時に私もご一緒させて頂いても構いませんか。私がご案内いたします」
 私はちらと晴山君の顔を見た。晴山君もこの岩手の生まれだが、かなり北の方の育ちだ。この盛岡の街中の話に、彼は必ずしも精通しているわけではあるまい。
 その晴山君の方が先に口を開いた。
 「先生。是非この子に案内を頼みましょう」
 その言葉を聞き、少年が顔を輝かせる。
 「有難うございます!」
 やれやれ。こんなに喜んでくれるのなら、この少年の望みを叶えずにはおれまい。
 「分かった。明日は我々を明治橋に連れて行ってくれるかね」
 「はい。明日は家の者に申し付けまして、馬車を出して貰います」
 「迷惑にならないのかね」
 「朝、荷の積み下ろしを行いますので、それが終われば荷馬車が使えます。今晩中に下働きの者に言って置きますから」
 「済まんが、そうして貰えば我々としても助かります。ところで君の名は何と言うのかね」
 少年がにっこりと微笑んだ。
 「京助です。金田一京助と言います」
 金田一少年は盛岡中学に通っている学生だった。

 翌日。早速、荷馬車の後ろに乗り、明治橋に向け出掛けた。
 金田一少年によると、一見して北上川から離れるようだが、大沢川原から河岸を南下した方が早く着くと言う。これなら、およそ一里程度だから、尻が痛くならずに済む。
 私はひとまず明治橋を越え、新山(しんざん)河岸なる町に赴くことにした。そこには徳田屋なる商人の屋敷があり、その近くに新聞の記事になった子どもたちが住んでいるらしい。
 長い橋を越えると、すぐに大きな屋敷が見えた。
 これが徳田屋だ。当主は佐藤清右衛門と言うので、通称で徳清と呼ばれる。
 道路よりも屋敷の方が少し低い位置にあるので、全景を垣間見ることが出来る。
 母屋を中心として土蔵は三棟が建てられている。
 「大きな屋敷だね。ここでは何を生業(なりわい)としているのかね」
 「大きな地主で今は金貸しです。徳清は寛文時代に紫波より身を起こし、醸造業や米屋などを始めた商人です。ご一新の頃には盛岡指折りの豪商でした」
 その話の通り、道沿いには長い土塀がいつまでも続く。
 「この先は町屋だね」
 「はい。商人たちが軒を連ねております」
 馬車はその町屋の中央に入って行く。
 「どこまで行くのかね」
 「父が昨晩の内に使いを出しました。この先に会所がありますので、新聞に名前の挙がった子どもたちを呼んであります」
 金田一少年は、私が当初思ったより、さらに数段利発らしい。この先我々に必要なことを推し量り、先んじて手を打っていた。
 程なくそれらしき家の前に馬車が停まった。商家の一角に間借りしたような、さほど広くない集会場だった。
 「ここには産物会所の出先がありましたが、ほとんど使われませんでした。今は商人たちの集会所として使われています」
 少年の案内で中に入る。
 中には十数人の人が待っていた。
 子どもが五人で、他はその子らの親たちだった。
 晴山君が先に挨拶を述べる。
 「我々は東京より来ました。こちらが井ノ川円了先生です。皆さんもご存じでしょう。『妖怪博士』として世に知られた方です」
 人々がどっと歓声を上げ、私に視線が集まった。
 「井ノ川です。どうぞよろしく。さて早速ですが、私に手紙を書いた小野寺芳江さんのお母さんはどなたですか。まずはその方からお話を伺いましょう」
 この言葉に応じ、年の頃は三十五六の母親が前に進み出る。
 「私です」
 母親は娘と思しき女児と手を繋いでいる。
 この子が芳江ちゃんということだろう。
 女児の顔が強(こわ)張っている。
 その表情で、この子が少なからず緊張しているのが見て取れた。
 母親がそれに気づき、女児を引き寄せた。
 「この子は上がり症ですので、母親の私がお話します」
 ここから先はこの母親の話だ。

 この出来事が起こったのは、今年の五月のことだ。
 三人の子どもが明治橋を渡った。
 その子どもたちは橋の中程で立ち止り、川面を眺めた。夕方のことで水面には霧が出始めていた。
 この霧の足が速くて、最初は遠くに見えていたのに、すぐに橋の真下までもくもくと立ち込めた。
 子どもたちが下の霧を眺めていると、その霧の中から不意に着物を着た女が現れたのだ。
 三人は大急ぎで家に帰り、このことを各々の親に告げた。この話はすぐに世間に広まって、新聞にも書かれた。
 話はそれで終わりではない。
 八月の半ばに、今度は五人でこの橋を渡った。やはり夕方で、川面には霧が出ている。
 濃い霧で、この日は欄干の上まで立ち上った。子どもたちは前回のことを想い出し、慌てて橋を渡ろうとした。五人が橋の袂に着いた時に、皆で後ろを振り返ると、霧の中に大きな女の影が立っていた。
 「その時から、娘は学校に行きたがらなくなったのす。今は親が送り迎えをしております。思い余って先生にお手紙を書いたのはこういう次第です」
 母親の表情が曇っている。子どもの話を信じているのが、傍目でも分かる。
 「その話。今聞いた所では、五月と八月に起きたということだね」 」
 「はい」
 「昼の内は晴れていたんじゃないか」
 「そうです」
 「なるほど」
 ここで晴山青年が何かを感じ取ったらしい。
 「先生。何かお考えがあるのですね」
 「うむ。まずは今一度その橋の上に行き、現場を確かめてみよう。先程はただ通っただけで、何ひとつ見ていないのでね」 
 「では早速参りましょうか」
 晴山君はすぐに立ち上がり、そこに集まった人々に告げた。
 「皆さん。これから先生と私は明治橋まで戻り、調べに当ります。なあに、一日二日で明快な答えが出ますから、追って結果をお知らせします。妖怪や幽霊など、先生ならあっさり解決しますから安心して下さい。子どもたちもすぐに学校に行けるようになりますよ」
 周りの人々が一斉に胸を撫で下ろしているのが見て取れる。
 「では私たちはすぐに向かいます。お子さんたちの誰か、一所に行って橋の上で説明して貰えませんか」
 晴山君が横に立つ私に小さく頷く。私もそれに応じ頷き返した。
 すると、すかさず男児の一人が手を挙げた。
 「僕は菅原一郎です。僕が行きます。僕が一番年長ですから」
 齢を訊くと、この子は高等小学校の二年生だということだ。すなわち十一歳か十二歳。確かに他の子よりも背が高かった。
 「君は恐くないのかね」
 「はい。平気です」
 「では菅原君。君に一緒に行って貰おうか」
 男児は嬉しそうに立ち上がった。
 今や国中で評判の『妖怪博士』が幽霊を退治してくれると言うのだ。
 小学生の子どもでも、「これは是非とも見るに限る」と考えて当然だろう。

 明治橋探索の一行は、これで六人となった。すなわち私と晴山君。金田一少年と荷馬車の御者。それと、菅原一郎君とその父親の都合六人だ。
 まずは皆で馬車の後ろに乗り、明治橋の袂まで戻った。
 「改めて眺めると、木造りの橋としてはかなり大きな橋ですね」
 「幅は四間、長さは八十間を超えている。明治の初めに造られたということだが、さぞ大土木工事だったことだろう」
 話をしているうちに、一行は橋の中央に着いた。ここで馬車を下りる。
 「菅原一郎君。この辺りかね」
 「はい。この辺です」

早坂峠 (筆者筆名の源)
早坂峠 (筆者筆名の源)

 「どっちの方に女が出たのかね」
 「あっちです」
 男児は川の上手を指差した。
 「夕方だったと言うことは、お天道様は西の方だな。すなわち下流の方角から上流に向けて日の光が差した筈だ」
 明治橋のすぐ上流には、北上川、中津川と雫石川といった三つの川の合流点がある。
 男児が示したのは、まさにその方向だった。
 「川には霧が出ていたのだったな」 
 「そうです」
 ここで金田一少年が言葉を挟む。
 「ここ盛岡では、春は五月まで、秋は八月の半ばには朝晩はかなり涼しくなります。昼の内は暖かいのに、それが夕方ぎゅっと涼しくなりますので、川の近くや山裾には霧が出るのです」
 「上空は晴れているのに、川面近くには霧が立ち込めるという訳だな」
 「そうです」
 「よし。概ね謎が解けたようだ。鈴木君のお父さん。明日、もし晴れていたら、夕方皆でここに来て貰えますか。時刻は三時半を回った頃で結構です。そこで皆に何が起きたかをご説明しましょう。明日が雨なら、その次の日に替えさせて貰いますが、それで宜しいですか」
 男児とその父親が、ほとんど同時に頭を下げる。
 私の脇で晴山君が腕組みをしながら頷いている。
 「先生。先生は早くも幽霊の正体を掴まれましたか」
 「この橋は盛岡の玄関口も同然だと聞く。人の往来もこれこの通りひっきりなしだ。子どもたちの前に女が現れた時、橋の上には他にも人がいた筈だ。それがこの謎を解く鍵なのだよ」

(三)遊女「小時」の伝説
 ちょうどこの時、一行の三間程離れた所で、一人の男が北上川を見ていた。
 男は我々の話を耳にしたらしく、歩み寄って来た。男の年恰好は三十台の後ろの方で、私と同じくらいだ。
 男は間近に近寄ると、我々に声を掛けて来た。
 「皆様は女の幽霊のお話をなされていたようですが・・・」
 晴山君が男のことを警戒し、私を守るように前に出た。
 「子どもたちがこの橋の上で幽霊を見たと申しますので、私たちはその正体を確かめに来たのです」
 男はゆっくりと頷く。
 「そうでござんしたか」
 男は橋の欄干に手を当てて、誰に言うともなしに話し始めた。
 「この川の西岸は新山(しんざん)河岸と言います。ここらには元々舟橋がありました。二十艘ほどの舟を並べ、その上に板を渡して通行できるようにした橋です。今のこの土橋が出来たのは明治七年です」
 男が冒頭で話し出したのは、この橋の由来だった。
 「この橋には、正確にはその前の舟橋の頃に起きたことですが、ここには悲しい言い伝えがあります」
 男が本当に話したかったのは、この地の昔語りだった。
 男の話はこんな内容だった。

 今から九十年近く前のこと。
 この地より少し南の津志田という地に、遊郭が作られた。これが文化七年のことで、数年後には大いに繁盛し、妓楼や小茶屋を含め二十軒程が軒を連ねるようになった。
 その中に松前屋という茶屋があった。
 茶屋と言うと、今では「休み処」を思い浮かべるだろうが、ここでは色茶屋のことで、間を貸すだけでなく、娼妓も置いていた。
 この松前屋には、売れっ妓の「小時」という遊女がいた。芸はそれほどでもなかったのだが、姉御分の「大時」と共に、目を見張るような美女だったから、店は大いに繁盛したらしい。
 この小時が客に誘われ、盛岡の盆の賑わいを見物に行った。
 その夜は遅くなるまで見物に歩いたため、夜の内に津志田に帰れなくなり、小時は連れと共に川原町の船宿に泊まることにした。
 ところが、その晩から雨が降り始め、これが二日経っても三日たっても降り止まない。
 北上川は増水し、渡河が一切出来ない状態が続いた。
 七月の二十日ごろには雨が止んだが、水嵩の方は減らず、依然として川を渡ることが出来ぬままだ。
 十日以上も足止めされたので、小時は痺れを切らし、船頭に特別な謝礼をはずんで、舟で川を渡ることにした。
 北上川はいまだ増水したままだ。
 小時たちを乗せた舟は対岸に向かって漕ぎ出たが、たちまち波に飲まれて姿を消した。
 この事故で小時とその従者十数人と、舟子が死に、助かったのは船頭ただ一人だった。
 亡くなった時、小時はまだ十九歳だったと言う。

 男の話は続く。
 「程なく、人々は小時を哀れに思い、またその無念さを推し量って、色んな噂を立てたのです。何せ昔の話ですからね」
 幾つかの噂話がある。もちろん、小時の幽霊が出た、という怪異譚の類だ。
 その一つは、津志田妓楼や茶屋に小時が供の者を従えて現れた、というものだ。
 また、北上川で夜釣りをしていたら、川の中から、ずぶぬれになった小時が現れ出た、という体験談もある。
 「この地にはそういう言い伝えがござんすから、女の幽霊が出たという噂話にはことさら聞き耳を立てるのです」
 「なるほど。この辺りに幽霊が出ると言うのは、今、突然始まったことでは無く、それなりの伝説を踏まえたものなのですか」
 私の反応を見て、男の顔に小さく笑みが浮かぶ。
 「小時の一件の後、津志田には客が寄り着かなくなりました。一年が経ち、盆が来たところで、皆が喜捨を集め、大々的に法要を行ったのです。それからは、幽霊も出なくなったと言われています」

 この時、話に熱中していたので気付かなかったが、我々一行の近くに人力車二台が停まっていた。
 その中の一台から若い男が下り、我々の近くに歩み寄って来る。
 若い男は、先程から昔語りをしていた男の許に直行した。
 「先生。こちらでしたか。程なく菊地男爵が参られますので、お戻りください。力車を用意しましたので、あちらで」
 男が頷く。
 「分かった。すぐに参る」
 男は私に会釈をすると、人力車の方に向かおうとする。
私は男を呼び止めた。
 「すいません。貴方様は何と申される方ですか」
私の声に男が振り向いた。
 「まだ名乗っておりませんでしたか。これは相済みませぬ。私は思索に没頭すると、我を忘れてしまいますのでな。私の名は非仏と言います」
 そこに金田一少年が駆け寄って来た。
 「先生。ご無沙汰しております。京助です。金田一京助です」
 「非仏」と名乗った男は、金田一少年を一瞥して微笑んだ。
 「君は陸奥館の息子だな。今もちゃんと勉学に励んでおるのか?」
 「はい」
 「ではこの後も確(しっか)りおやりなさい」
 そう言い残すと、男は人力車に乗り込んだ。

 二台の俥が去った後、私は金田一少年に尋ねた。
 「金田一君。君はあの方を知っているのかね」
 少年がこっくりと頷く。
 「はい。あの方は新渡戸仙岳先生です。小学生の頃にお世話になりました」
 「あの方は教師だったのか」
 「いえ。今はこの県の教育長をなさっておられます」
 「見たところ、まだ三十代の後半で年恰好は私と変わらない。それで、この県の教育界を仕切っている訳か」
 金田一少年は、少し自慢げな表情に変わった。
 「先生は今、藩政時代の古文書の整理に取り掛かっておられます。三百年分の資料の整理ですから、大変な作業です」
 ここで私は合点が行った。
 あの男は、この寮内に関する数百年分の歴史を自らの頭の中に入れているのだ。
 「それなら、ここの遊女の話を詳細に知っていても不思議ではないぞ」
 なるほど。如何なる国、如何なる郷にも志を持つ人間はいる。
 この当たり前の事実を、私はここでも目の当たりにした。

(四)幽霊の正体
 翌日は朝から雨だった。その翌日も天気が悪かった。三日目にはようやく雨が上がったが、しかし一向に晴れ間が見えない。
 太陽が顔を出したのは、ようやく四日後のことだった。
 午後三時を回った頃に、私と晴山誠君は陸奥館を出発した。この他にも、金田一君や、彼の中学の仲間が加わった。
 荷馬車の後ろに乗り、明治橋に向かう。

姫神山から望む岩鷲山(岩手山)
姫神山から望む岩鷲山(岩手山)

 私は途中から居眠りをしていた。
 「井ノ川先生。着きました」
 その声に目を醒まし、私は荷台から下りた。
 すると、橋の周囲には数百人もの群衆が集まっていた。
 「何だね。これは」
 皆が私の顔を注視している。
 金田一少年が胸を張って答えた。
 「先生。この人たちは、先生が幽霊の謎を解き明かすのを、是非とも自分の目で確かめようと集まったのです」
 私は金田一少年の顔を見詰め返した。
 「こうなるには、誰か街中に触れ回った者がおるに違いない。はて、それは一体誰だろうな」
 まずは金田一少年。次にその友人たちの顔を順番に確かめる。
 すると、中学生のうち三人が瞬時に下を向き、目を背けた。
 「なるほどね。犯人は判ったぞ」
 「すいません」
 少年たちが神妙な面持ちになる。
 「まあ、宜しい。一度で上手く行くとは限らんが、もし成功すれば、幽霊の正体を街の人たちに報せる手間が省けよう」
 「有難うございます」
 少年たちが一斉に頭を下げた。

 私たちは全員で橋の中央に移動した。
 橋の長さは八十間を超えるから、ちょうど片側から四十間ほどの位置になる。
 「さて、皆さん。しばらくお待ちください。程なくここに夕霧が立ち込める。そうなると、皆さんは直に幽霊を見ることが出来るでしょう」
 観衆が一斉に声を上げた。
 「ええ!そんな」
 「そんなことが現実に起こるものでしょうか」
 私はその観衆を見渡した。
 人々の中に、鮮やかな着物を着た娘が一人いた。
 私はその娘に手招きをした。
 「ああ御嬢さん。御嬢さんが宜しい。ちょっとした頼みごとをしても宜しいかな。なあに、簡単なことで、橋の袂に立つだけです」
 私に手を差し出された娘がたじろぐ。
 「私ですか?」
 「そう貴女です。貴女のような美しい女性が最も相応しいでしょう」
 娘は公然と「美しい」と言われたせいか、急にはにかんだ。
 「私でも出来るものでしょうか」
 私は娘に嫌とは言わせぬように、首を大きく縦に振った。
 「そう。貴女です。貴女でなくては務まらない」
 そこまで言われて、あえて引き下がる者はあまりない。娘は数歩前に出て来た。
 「それでは宜しくお願いします。初めまして。お名前は何と申されますか」
 「志摩です」
 「ではお志摩さん。これから、ここにいる晴山君と一緒に、橋の袂に立って貰えますか。私が合図するまでは、どこかに腰掛けていて貰っても構いません。では晴山君。この方をお連れして下さい」
 ここで晴山君が前に出る。
 「畏まりました」
 「では宜しく」 
 二人は私の言い付け通り、深山河岸の方に歩き始めた。

 二人が去ると、私は再び観衆に説明を始めた。
 「さて皆さん。巷で噂になった幽霊の話をします。これと同じような話は、世の中には沢山あります。多くは山々に囲まれた奥地で起こるとされているものです」
 「へえ。他所でも出るのですか」
 「最も有名な話は独逸国です。ブロッケン山の妖怪と言われています」
 ドイツのブロッケン山に登ると、霧の中に人の影が現れる。その影は突然巨大になり、大入道の化け物となる。
 その化け物は、人の手足が動いた通りに真似をして、人々を驚かせる。
 『ブロッケン山の妖怪』とは、その大入道のことだが、それが現れる環境がいち時に決まっている。
 後ろに太陽が出ていて、前に雲や霧がある時だけに出るのだ。すなわち、後ろの太陽が人を照らし、影を作るのだが、その影が雲や霧に投影されたものということだ。
 それがただの影に見えない時もある。
 雲や霧が高密度・高濃度であった場合、光の反射は鏡に匹敵するほどとなり、影だけでなく、色鮮やかな姿を映し出すのだ。
 「これは独逸国に限った話ではなく、この日の本でも普通に起こることです。私の許には、津々浦々で生じた不可思議な話が寄せられます。その中には、高山に登った人の話が数々あります。山の上で巨人を見た人もいれば、大達磨や大入道を見た、と言う人もいます。これらは、雲や霧が出ている時に起きるものなので、ブロッケン山の妖怪と同じものです」
 観衆の間から「ほう」という歓声が聞こえる。
 視線を橋の袂の方に向けると、晴山君が手を振っていた。「準備が出来ている」という合図だ。
 私はここで橋の欄干に近付いた。
 手を掛けて北上川の流れを見る。川岸には、少しずつ霧が出始めていた。
 次に顔を上げ、上空を仰ぎ見た。
 陽はだいぶ傾いているが、空は晴れていた。
 「これなら上手く行くかも知れんな」
 ここで私はもう一度川を見た。
 はるか上流の空は真っ暗だった。僅かに稲光なども垣間見られる。
 程なく雨雲が寄せて来る。
すなわち妖怪を見られるのはごく短い間ということだ。
 私は再び観衆の前に立った。
 「皆さん。私の考えた通りなら、好機は間近です。しかも、それほど長くは続かない。霧が川面に立ち込めたら、そこから目を離してはなりませんよ」

 秋の霧は脚が速い。
 つい先程より川岸に出始めていた霧は、たちまち両側から中央に迫っていた。
 真っ白い煙が川面を伝うように這っている。
 「川の水が霧で見えなくなったら、程なく妖怪が現れます。そのままじっと見ているのですよ」
 最も大切なのは陽の光だ。これが雲に隠れたりすると、もはや妖怪が姿を現すことはない。
 上を向くと、太陽の周りには雲ひとつ見えなかった。t
 しかし、川面の方はほぼ全域が霧に覆われようとしていた。
 「よし。晴山君。お志摩さんと一緒に、ゆっくりとこちらに歩いて来てくれ。ゆっくりとだぞ」
 「はあい。すぐに、じゃなかった。ゆっくりと参ります」
 晴山君はお志摩さんの手を取り、橋の中央に向かって歩き始めた。
 この時、私の耳には観衆の囁き声が聞こえていた。
 「本当に出るんだべか」
 「どうだべな」
 「もし妖怪博士先生の言う通りに、幽霊だか妖怪だかが出たら、それは本物なのか。それとも偽物ということ?どういう話だろ」
 私は思わず振り返り掛けたが、私より先に金田一少年が答えを口にしていた。
 「先生の言われた通り、霧と太陽が一定の条件にある時に、常に幽霊なり妖怪が現れるなら、それは自然が為せる業だと言うことです。すなわち、それは幽霊でも妖怪でもないと言うことです」
 少年による正確な説明を聞き、思わず笑みがこぼれてしまう。
 「うん。宜しい。君はよく理解している」
 金田一少年は、極めて利発な子だった。

 気温の低下に伴って、霧が川面に充満する。その後、霧は橋桁を伝い、幾らかは橋の上にも到達した。
 「よし。今だ。これなら必ず、この霧に影が映る筈だ」
 太陽は西に沈む。その西の方角から、お志摩さんと晴山君の二人が歩いて来る。
 陽の光によって二人が照らされ、その影が霧に当たる角度に入れば、必ず妖怪が現れる筈なのだ。
 二人が二十間程歩み寄った時、それは現れた。
 霧の上に黒い影が映ったのだ。
 「おお」「あれを見ろ」
 東側の川岸には黙々と霧が立ち込めている。その霧の上には黒い人影二つがはっきりと映し出されていた。
 「晴山君。そこで手を振って見せてくれ」
 「はい」
 晴山君が右手を高く掲げ、左右に大きく振って見せる。
 すると、霧の上に見える影のひとつが同じように手を挙げ、左右に振った。
 「おお、確かにあれは影だ」
 私はもう一度二人に呼び掛ける。
 「今度はお志摩さんも晴山君と一緒に手を振って貰えますか」
 「はい」「はい」
 私の要請に応え、二人が手を振って見せる。やはり二つの影も同じ仕草をして見せた。
 これで、観衆が納得したらしく、あちこちからため息が漏れた。
 「なるほど。これがブロッケン山の妖怪なのかあ」
 「お日様が創り出した幻だったのだな」
 期せずして、観衆の中からぱらぱらと拍手が上がった。
 「驚くのはまだ早いですよ。これから大入道を出してお見せしましょう」
 観衆が固唾を飲んで見守る。
 「晴山君とお志摩さん。今度は橋の下流側に移って、ゆっくりと遠ざかってくれるかな」
 「畏まりました」
 二人が言われた通りに、反対側に移動する。
 それから二人が移動すると、遠くの川面を覆う霧の中に、巨大な人の影が現れた。
 「ありゃま。本当に大入道が出たぞ」
 「これまた不思議なこった」
 観衆が再び私の顔を見詰める。
 「太陽が沈もうとしているので、光が横から二人を照らします。夕方の影は長く見えますが、これは太陽の位置によるものです。今起きているのは、まさにそれと同じことなのです」 
 「なあるほど」
 「こりゃ分かりやすいや」
 今度は観衆が一斉に拍手をした。
 観衆の全員が、この現象の意味を理解出来たらしい。
 ここで、数組の親子が観衆を掻き分け、私の許にやって来た。
 私に手紙をくれた小野寺芳江さんとその母親、そして菅原一郎君の父子だ。
 「先生。どうも有難うございました。これで娘も安心して小学校に通うことが出来ます。ほら芳江。お前もお礼を申し上げて」
 母親に促され、女児がぺこりと頭を下げた。
 「井ノ川先生。どうも有難うございました」
 「確(しっか)り勉強して、次は芳江さんが自ら妖怪を退治するのだよ」
 子どもたちは声を揃えて返事をした。
 「はい。頑張ります」
 親子たちは幾度もお辞儀をして、私の許を去って行った。

 周りの人々が少なくなった頃、金田一少年が小声で囁いた。
 「井ノ川先生。子どもらが見たと申していたのは、着物を着た女の姿です。人の黒影だけではありませんが・・・」
 この子は大人が舌を巻く程、よく頭が回る。 
 「それはだね。ここが平地で霧が薄いからではないかと私は見ている。雲が下に見えるような高山の上では、霧と雲が一体となって濃密な状態だ。そこに光が当たると、水面と同じように光が反射する。だから鏡のような絵を映し出したのではないかな。今のような薄い霧では、そこまで鮮明には映るまい」
 少年が頷く。
 「なるほど。川の水面近くに出る霧は、昼に陽の光で暖められた水蒸気が、空気が冷えることで結露したものです。そのため、ここの霧はそれほど濃くありませんね」
 「子どもたちが幽霊を見た時には、今日よりも川面の霧がだいぶ濃かったのだろうよ」

 ここで、晴山誠君がもう一人を引き連れて戻って来た。
橋の上にも霧が上がっており、良く見えぬが、晴山君が後ろに引き連れているのは、お志摩さんではなく男だった。
 二人の男がこちらに近付く。
 ここで霧の中から姿を現したのは、森下林太郎君だった。
 「先生。つい先ほどこちらに着きました。先生がどちらにおられるかはすぐに分かりました。この盛岡では、どこに行っても、東京から来た妖怪博士が幽霊を退治するという話で持ち切りですよ。私はすぐにこの場所を聞いて馳せ参じた次第です」
 「エレオノーラ号の荷はどうだったのかね?」
 これで森下青年の顔に苦笑が浮かんだ。
 「大変でした。いや、でした、と申し上げるのは正しくありません。まだ終わってはいないのです」
 「荷を受け取るだけの話ではなかったのだな」
 森下青年は、持参した鞄の中から小さい陶器の壺を取り出した。
 「今はこの中に納まって居ますが、いずれ弓張り月の夜には出て来ます」
 「出て来ます、とは?」
 私の問いに、森下青年は返事をせず、辺りを見回した。
 橋の上にはまだ百人を超える人が残っていた。
 「そのことは宿に戻ってからお話しします」
 あまり他人に聞かれたくはない話らしい。
 「うむ。分かった。まあ、人の波が引いてから、陸奥館に帰ろう」
 「ところで、こっちの件は如何でしたか」
 「おそらく霧に人の影が映るのだろうと見込んだが、少し解せないところがある」
 子どもたちの見た女の幽霊とは少し違っている。
 「観衆は満足気でしたが・・・」
 私は無意識のうちに腕を組んでいた。
 「確かに黒入道は現れたのだがな」
 私は森下青年と一緒に、橋の欄干から下の川を眺めた。
 「霧が引いて行きますね」
 「この時期の川霧は、寒暖の差によって、ごく一時的に現れるものだ。山の霧とは違う。川面の気温が下がれば、すぐに消えてしまうのだ」
 「なるほど。そうでしたか」
 北上川の中央付近は霧が薄くなり、再び川面が見え始めていた。
 かたや、太陽の方は半ばまで沈んでおり、ゆっくりとその姿を消そうとしていた。
 「空は晴れていたのに、橋の下には霧がある。それが明治橋に出る幽霊の正体でしたか」
 森下青年の言葉に、私はゆっくりと頷いた。

 その時のことだ。
 橋の下の方から、人の声が聞こえて来た。
 ごく微かな声だ。
 「せんせい・・・」
 どこか聞き覚えのある声だった。
 私は自分の周囲を見回した。
 橋の上の誰かが発した言葉が、たまたま耳に入ったのではないかと思ったからだ。
 しかし、この時、橋の上に居たのはいずれも男だった。
 さっきの声は女の声だったから、ここに居る者が発したのではない。
 私は欄干に手を掛けて、橋の下の方を見た。
 川全体を霧が覆っているようだが、中央付近には、一間ほどの隙間が出来ていた。
 その隙間は上流から下流に続く、一本の道のように見えている。
 真っ白な靄(もや)の中に浮かぶ水の道だ。 
 何とも言えぬ不思議な光景に、私は思わず見とれてしまった。
 すると、その黒い道の先に、何やら赤い物が見える。
 距離は三十間ほど上流の川面だった。
 「先生。あれは何でしょう」
 森下君も同じ物を見ている。そうなると私の気のせいではない。
 「何だろうな」
 赤い物はゆっくりと橋の方に流れて来る。
 二十間、十間と近付き、それは橋の真下に来た。
 靄の合間に見えたものは・・・。
 女だった。水面のすぐ下を、女が流れているのだ。その女は赤い着物を着ていたので、遠目からもそれが見えたのだ。
 「うわ」
 森下青年が呻いた。
 「あれは・・・。雪絵さんだ」
 その顔は、忘れもしないあの二人姉妹の姉の顔だった。
 「何と言うことだ。まさかこんなことが」
 驚きはそれだけではなかった。
 雪絵がゆっくりと橋の下に消えると、森下青年はすかさず橋の反対側に走った。
 私は呆気にとられ、その場に留まり、そのまま下を見ていた。
 すると、ほとんど間を置かず、もう一人の女が流れて来た。
 こちらは青い着物を着ていた。
 「あれは・・・。朱莉君だ」
 朱莉は姉妹の妹の方だ。
 朱莉は上を向いたまま橋の下まで流れて来ると、そこに留まった。
 私の後ろに、森下青年が駆け戻って来る。
 「先生。駄目でした。雪絵さんはどこかに流れ去ってしまいました」
 私は森下青年には顔を向けず、川を指差した。
 「森下君。君にもあれが見えるか」
 「あっ。あれは朱莉さんだ」
 朱莉は橋脚の近くの川面に浮かびながら、じっと上を見ている。
 そして、朱莉は私と目を合わせると、その瞬間、何ごとかを呟いたように見えた。
 「朱莉君」
 私は思わず、その娘に声を掛けた。
 すると朱莉は、もう一度何ごとかを口にした。しかし、朱莉が唇を動かすのは確かに見えたのだが、何と言ったのかまで私には分からない。
 「聞こえない。君は何と言っているのだ」
 私の言葉に返事をせず、朱莉がゆっくりと川下に流れ始める。
 「待て。待ってくれ」
 今度は私も橋の反対側に走った。
 下流に流れれば、必ず橋の南側に出る筈だからである。
 そこで、じっと女の姿が現れるのを待ったが、ついぞ朱莉は見えて来なかった。
 「ああ。消えてしまった」
 自然と溜息が出る。
 「先生。あれは気のせいとか、気の迷いではありませんね。我々二人の四つの目であの姉妹を見ました」
 「うむ」
 私は念のため、周りの者にも「何かを見たか」と確かめてみた。
 二三間離れた所に複数の者がいたが、その者たちが見たのは、私と森下青年が慌てふためく姿だけで、橋の下の女たちことは何ひとつ見ていなかった。

(五)鎌男の怨念
 我々一行は陸奥館に帰り、対策を検討するものとした。
「まずは差し迫った問題から考えようか」 
 私が口を向けると、森下青年が頷く。
 明治橋の下を流れる姉妹を見たのは、私と森下青年だけだ。
 その姉妹は元々、我々二人だけに縁のある者たちだから、おそらくは他の者には関わりが薄い。

盛岡市内 上ノ橋付近
盛岡市内 上ノ橋付近

 それなら、姉妹のことはひとまず脇に置いておこう、という申し合わせだ。
 この辺は、森下青年とは付き合いが長いから、言葉には出さずともすぐに伝わる。
 「では、まずは僕の抱え込んだ件から行きましょうか」
 森下青年が、橋の上で見せたあの壺を自分の前に置いた。
 「この小さな壺には土が入っています」
 「土?」
 「はい。鎌男の墓の土です」
 「鎌男・・・」
 「そうです。鎌男は私が独逸国で体験した真怪中の真怪です。詳細をお話しすると長くなりますので、概略だけに留めますが、概ねこんな話です」
 こうして、森下青年は独逸国での実体験を話し出した。

 森下青年が独逸国に留学していた頃、ある村を訪れた。道の途中で手間取り、村に着くのが夜になった。
 ようやく目的の城に着いたのだが、城門がぴったり閉じてあり、扉を叩いても誰も出て来ない。やっとのことで入れて貰い、その訳を訊いた。
 すると、その家の人は「今宵は弓張り月の日で、しかも夜霧が出ている。こういう時には『鎌男』が出るから門を閉じているのだ」と答えた。
 鎌男は農夫だったが、悪辣な領主によって、妻子を殺され、自らも領主の手に掛かって死んだ。農夫が殺されたのが、弓張り月の夜だった。すなわち、上弦の月か下弦の月が出る夜のことだ。
 その後、何年か後に、釜を携えた農夫の怨霊が現れるようになった。
たまたまその夜、夜霧でその月が覆われてしまったとする。そんな時には、鎌男の怨霊が現れて、村の男を鎌で襲うと言うのだ。
 森下青年はまさにその夜にその村を訪れたのだった。
 実際にその夜には、村中に夜霧が立ち込めた。夜半になると、伝説の通り鎌男が現れ、城の周りをうろついた。
 そして鎌男は、城の中にも入って来ようとした。
 城門は固く閉じてあり、普段はそれで大丈夫なのだが、この夜は霧が深く、城壁を越えて中に入って来た。このため、その霧と一緒に、鎌男までが中に入ったのだ。
 鎌男の怨霊は己の妻子を殺した領主の姿を求め、城の中を徘徊した。
もしその鎌男に捕まると、大鎌で首を刎ねられてしまう。
 こうして皆が恐怖に慄(おのの)いているので、森下青年は試しに床に五芒星を書き、破魔の真言を念じて結界を敷いた。
 そして、彼はその中にその家の男を入れたのだ。
 すると、鎌男には中の人が見えぬらしく、結界の周りをうろつくだけで、中に居る者を襲っては来なかった。
 だが、もちろん、鎌男に「見えない」だけで、その中に人がいると彼奴が悟れば、たちまち襲われてしまう。
 鎌男はついに結界の中の人に気付き、大鎌を振るおうとした。まさにぎりぎりのところだったが、鎌が振り下ろされる寸前に、館の外で一番鶏が鳴いた。
その鶏の声を聞いた瞬間、鎌男は動きを止め、静かに去って行ったのだ。
 この夜、鎌男が男たちの前に現れたのに、被害はまったく出なかった。そのことは、ここの村人にとっては、いまだかつてない稀有なことだったらしい。
 これを導いたのは、遠く東洋から来た青年だった。
 次の朝、家の者は丁重に礼を言い、森下青年に金品を渡そうとした。
森下青年は恐縮し「この後、何かあれば私に言って下さい」と社交辞令を述べて、その家を後にした。
 これが森下青年が独逸国で経験したことだった。

 「その家の主は、その後、鎌男の墓のありかを突き止めたのです。そこで僕のことを思い出し、この土を日本に送って来たのです。頼りに出来る者が他に居なかったのでしょう」
 「で、その土が鎌男の墓の土だという訳か」 
 森下青年が頷く。
 「そうです。僕が港で受け取ったのは手紙の類だけでした。その手紙にはこう書かれていました。鎌男は妻子を領主に殺された男です。その男自身も領主に殺され、恨みを残して死んだ。それで、時が経つと共に、男は怨霊となって現れるようになったのです。ところが、その時には既に憎むべき領主が病死していた。怨霊は恨みを晴らすことが出来ずに、陰と陽が同居する夜、すなわち弓張り月の夜に現れる。そして誰彼構わず恨みをぶつけているのです」
 「では、怨霊が現れる夜は、上弦下弦とひと月に二回あるのだな」
 「はい。しかし、霧が出る夜だけです。鎌男は霧の中でしか動くことが出来ないので、霧の無い場所では、何も起きません。私宛ての手紙にそう書かれていました」
 「となると、そいつが現れるのは、概ね春か秋ということだな」 
 「夏でも霧が出ることはありますから、一概には言えませんが、大体はそういうことです」
 状況はこれで分かった。問題はこの先どうすべきかと言うことだ。
この時、私は知らず知らずのうちに、この話に没頭していた。

 「君の知人が墓の土を送って来たということは、自分たちでは対処出来んから、どうにかしてくれ、という意味だな」
 「そうです。偶然ですが、あの国では鎌男の手から幾人かの命を救いました。正直、迷惑な話なのですが、今となっては関わらざるを得ません」
 森下青年は「もはや関わらざるを得ない」とはっきり言った。
 と言うことは・・・。
 私の表情で、森下青年は私の考えを悟ったらしい。
 「お察しの通りです。この土と一緒に、鎌男がこの国に来ました」
 「ではエレオノーラ号の事件は、その怨霊の仕業か」 
 「はい。輸送中に条件が合致した夜があったのでしょう。海の上にも霧は出ますからね」
 魹ヶ崎沖を航行中に、舟は夜霧に巻かれた。たちまちその船の上に鎌男が現れ、大鎌で片っ端から船員の首を刎ねたのだ。
 貨物船の乗組員には女や子どもはいない。
 それで、船内に人が一人も残らなかったのだ。
 「当月は三日前が下弦月でした。沿岸には『やませ』が吹きますので、やはり霧が出ます。 『やませ』とはこの地方特有の海風のことです」
 「では、港にも鎌男が現れたのか」
 「はい。やはり現れました。幸いなことに、春先と違い、今はもはや冷涼な季節ので、霧はそれほど深くありません。鎌男は道で通行人を驚かせただけで、被害は与えなかったのです。僕は鎌男が去って行く後ろを尾(つ)け、エレオノーラ号に乗船しました。そこで船底の隅に転がっていたこの小さな壺を見つけたのです」
 「では次の上弦月の夜までに、事態を収めねばならん訳だな」
 「はい」
 怨霊を鎮めるためには、魂が抱えた恨みを癒し、あの世に送ってやることが必要だ。
 「ご供養」「お焚き上げ」「御霊送り」など、信仰によって言い方や方法は様々だが、皆同じ目的による。
 「では鎮魂の儀式を行おう。鎌男の魂をあの世に送れば、人々に祟りをなすことは無くなる」
 「しかし、鎌男は独逸国の怨霊です。恐らくは天主教か基督教を信じていたのではないかと思います。そうなれば、天主教・基督教のやり方で供養する必要があるのではないでしょうか。この地で果たしてそれが可能かどうか」
 確かに森下青年の意見には一理ある。
 どういう理屈かは分からないが、作法に則って式を行うと、物事がすんなりと収まることはある。
 神道の信者でも、死霊の害を祓う時に、般若心経を用いることがある。成り立ちは本来別のものだが、目的に応じた効果的な手段として採用されているのだ。
 「悪霊・怨霊の類を打ち祓う行為は、各国で古くから行われてきた。ならばここにも解決策はある筈だ。それを調べよう」
 この時、隣の部屋との仕切りががらりと音を立てて開いた。三人が音のした方に顔を向けると、そこに立っていたのは、金田一少年だった。
 「新渡戸先生をお訪ねしましょう。先生なら、きっと策を考案してくださいます」
 森下青年が呆れ声を出す。
 「君はこんな夜更けまで寝ずにいて、しかも隣の部屋で僕たちの話を盗み聞きしていたのかい」
 「すいません」
 だが、良い案だ。
 幽霊を鎮めるために、昔の人々がどんな供養を行ったかは、彼が一番知っているだろう。
 「それだな。明日にも非仏氏を訪問して、あの方の意見を聞こう。次の上弦まで半月も無いのだから、急いで話を進めないとな」
 ここで、皆の意思はひとつに固まった。

 翌日。我々は早速、新渡戸氏の許を訪れた。氏は庁舎の一角に居た。
 我々が事前に申し出ていなかったのにも関わらず、事務の者は快く中に通してくれた。
 私と森下青年の二人が一室に導かれると、その部屋の中には、新渡戸氏に加え、もう一人の男が座っていた。
 男は一見したところ四十歳台で、私より五つ六つは年長に見える。目鼻立ちの整った美丈夫だった。
 二人はそれまで何かを議論していたような気配がある。
 新渡戸「非仏」氏は、扉の方に顔を向け、そこに私を見つけると少しく微笑んだ。
まず初めに、非仏氏はもう一人の男に、私を紹介した。 
 「閣下。こちらは妖怪博士として名高い、哲学者の井ノ川円了先生です」
 「おお。その話は聞いたことがある。狐狗狸の実(じつ)を見破った男だな」
 「はい」
 ここで非仏氏は、こちらに向き直って、男のことを我々に紹介した。
 「こちらの方は法学者の菊地武夫男爵です。今は所用があり東京から岩手にお帰りになられておられます」
 「私は井ノ川円了と申します。宜しくお見知り置き下さい」
 「うむ。こちらこそ宜しく」
 我々二人は、導かれるまま、椅子に座った。
 先に口を開いたのは、非仏氏だった。
 「何やら火急のご用件と言うことですが・・・」
 この非仏氏の物腰で、氏が我々に少なからぬ関心を持っていることが知れた。
 なるほど、彼は古い伝説を収集し、整理している研究者だ。私のように近代科学の知識をもって、妖怪、すなわち因習や迷信を退治し続けている者に対し、彼が興味を持つのは不思議ではない。
 私は率直に語ることにした。
 「私はこの盛岡には幽霊を退治しに参ったのです」
 非仏氏が小さく微笑む。その隣では菊地男爵が冷徹な視線で私を見ていた。
 「明治橋の幽霊は、概ね陽の光と霧によって引き起こされるもの、すなわち自然の現象であることが概ね分かりました」
 私の言葉に菊地男爵が即座に反応した。
 「今、貴君は『概ね』と言ったね。何か解決出来ぬものが他にあるのだな」
 「はい。怪異現象とされることの悉くが真(まこと)の怪異ではありません。それと同時に、総てが虚偽でもありません。その中には稀に本物の怪異が混じっております」
 前の二人が同時に顔を見合わせる。
 元に戻った二人の顔には、共に微笑が浮かんでいた。
 「と言うことは、井ノ川先生は此度本物の幽霊事件を抱えたと言うことですか」
 「はい。浮かばれぬ魂がこの世に迷い出ておるようです。今日はそれを鎮める方法を伺うためにここに参ったのです」
 今度は二人が真顔で顔を見合わせた。
 ここで男爵が口を開く。
 「実は今ここで話していたのは、そのことだ」
 男爵はその端正な眉間に皺を寄せた。
 「去年の六月。この県の海岸は津波によって甚大な被害を被った。大船渡の吉浜では何と十八間の高さの波が寄せたと言う。これでこの県内だけで一万八千を超える人が流された。これに他県を加えれば、死者・不明者は二万を優に超える」
 「はい」
 「内陸はどうだ。六月七月に大雨で夕顔瀬橋、開運橋が損壊したかと思えば、八月九月にも川が氾濫した。一年の内に幾度となく川が氾濫し死者、怪我人、家を失った者は数え切れぬほどだ」
 ここで非仏氏が説明を加える。
 「氾濫した川を見に行って、そこで攫われた者も多いのです」
 この話に森下青年が反応した。
 「増水した川は危険なのに、何故わざわざ見に行くのですか」
すぐに非仏氏が答える。
 「山中で大雨が降ると、山が崩れる。すると、木が倒れ川に流される。それが流木となって下流の方まで流れて来るのです。それを拾うと、大体は拾った者の所有となる。なら、流木を上手く拾う事が出来れば、それこそひと財産だ。そこで、鳶口を抱えて川に向かう者が少なくない。その者は流れて来た流木に、鳶口を突き刺すわけだが、激流の力は、もちろん人の力よりはるかに強い。そこで、鳶口を握る者を一瞬で水中に引きずり込んでしまうのです」
 「では、その者を死の淵に追いやったのは、その者自身の欲だと言うことですね」
 森下君の言葉に、菊地男爵が左手で自らの膝をぽんと叩く。
 「その通り。人を窮地に陥れるのは、多くその者自身の欲望だな。それはさて置き、今の話に戻ると、この県ではことさら災害が多く、被災者が沢山出ているから、人々の気持ちが暗くなっている。そこで、大々的に水難供養を行って、人心を穏やかにさせようと考えている」
 「男爵はそのために、こちらに戻られたのだよ」
 巡り合わせと言うものは、まさにこういうことだろう。
 我々は森下青年が独逸国で遭遇した「鎌男」について説明し、その祟りがこの日本国に及ぼうとしていることを訴えた。
 長時間に及ぶ説明を聞いた後、菊地男爵は断固とした口調で我々に告げた。
 「俄かにはとても信じられぬ話だ。だが、それを主張しているのは、妖怪博士たる井ノ川円了氏なら、ちと話が違う。貴君のような真摯な哲学者が、これぞ真怪だと申されるなら、この私は信じよう。これから十日以内に経済界に寄進を募り、費用を工面しよう。新渡戸君は宗教界への手配をしてくれるか。頼んでもよいな」
 「はい。畏まりました」
 「法要では、真っ先に、その鎌男やらの供養をして貰おう。幸いこの街には天主教会がある。独逸国の怨霊祓いはそこに頼むのが筋だろうが、まあ、宗門諸派が総動員でことに当たろう。その後で水難供養だ。話は大掛かりだぞ」
 「はい」
 「場所は、そうだな。明治橋の近くが良い。この街では、今やそこが幽霊の名所のひとつだからな。新山河岸の川岸に櫓を組んで、そこで法要を執り行うのだ。水難供養の場として申し分あるまい。ではそれぞれで持ち分を決め、分担して話を進めるぞ。次は二日後にここに集まり、互いに進行状況を確かめよう」
 「はい」「畏まりました」
 ここで話がまとまり、皆は一斉に立ち上がった。

(六)鎮魂の儀式
 それからすぐに儀式の手配を始めたが、完全に準備が整ったのは七日後だった。
 上弦月の日まで、残り数日の猶予しか残っていない。
 もし、その日までに法要を行い、さらに鎌男を彼岸に送ることが出来なければ、怨霊が姿を現して、人々に災禍をまき散らすやも知れなかった。

三陸 山田湾周辺
三陸 山田湾周辺

 もし不首尾なら、その後は弓張り月の夜には、夜霧が出ぬことを祈るしか方法が無くなる。
 このため、私と森下青年とは、ここ盛岡に滞在し、儀式の日を待つことにした。
 その間、東京の門下生への対応が必要なので、私は晴山誠君を東京に送った。

 今回の法要の大名目は、水難供養である。
 このため、法要の前日までに、深山河岸の川岸に、十間四方の祭壇を設営した。
 中央奥に護摩壇をしつらえた、正式な祭壇である。
 祭壇のすぐ前は北上川で、その後ろには、待機場所として五間四方ずつの枡席が三つ作られた。
 ひとつに天主教会、ひとつに黄檗宗、さらにひとつに曹洞宗が割り当てられ、各宗門より派遣された司祭と僧侶が控える。
 最初に天主教が礼拝を行い、次に僧侶により水難供養の読経が行われ、最後に水灯法会、すなわち「舟っこ流し」で、魂が彼岸に送られる。
 異なる宗門が一堂に集まったのは、この数年間の災禍が甚だしかったことを背景として、非仏氏の尽力によるものが大きかった。

 法要自体は前日より始められた。
 各寺で従来の方式に則り施餓鬼法要が行われた。
 そして当日となる。
 午の刻(午後零時)から、宗門ごとに読経や礼拝が行われ、未の刻(午後二時)より、天主教式の慰霊祭が始まった。
 祭壇の中央には、森下青年が持ち帰った口径二寸強の壺が置かれた。
 「鎌男」の墓の土である。
 天主教の司祭が現れ、儀式が始められた。
 まずは賛美歌の合唱である。その後で、死者に黙祷を捧げ、聖書の一節の朗読が行われた。
 次に司祭による説教と祈りとなる。
 これが終わると、鎌男の土を焼く段取りとなった。
 壺の中には、遺灰ではなく怨念の籠った墓土が入っている。このため、これをこのまま墓に入れる訳には行かない。土を焼き、鎌男の魂を天に導く必要があるのだ。
 まずは祭壇の上に鉄の台が置かれ、松の木材が組まれた。
 これに火が点けられると、すぐさま炎が燃え上がった。そこで、その炎の上に壺の土が振り撒かれた。
 あとは充分に土が焼かれ、煙が天に立ち上るのを待つだけであった。

 最初の異変は、火勢が最も強くなった時に起こった。
 火が燃えている間、司祭が祈りを続けていたが、その合間に、何やら唸り声のような音が聞こえて来たのだ。
 私と森下青年は、最前列で見守って居たが、その音に最初に気付いたのは森下君だった。
 「あの音は何でしょう。炎の上がる音には聞こえませんが・・・」
 確かに「うう」「うおう」という人の声が聞こえて来る。
 我々は耳を澄ませて、その音を聞いた。
 程なく、それが何かが分かった。
 「歌だよ。森下君。あれは歌を歌っている男の声だ」
 森下青年が頷く。
 「あれは子守唄です。かつてドレスデンで聴いたことがあります」
 「では、その歌は、もしや鎌男が・・・」
 壇上を見上げると、司祭もその歌声に気付いていたらしい。
 眦を決し、祈りの声を張り上げていた。
 だが、その司祭の声は次第に、鎌男の歌に押されるようになって来た。
 「これはいかんな。手古摺っている」
 その有り様が他の宗教者たちにも伝わった。そこで黄檗宗や曹洞宗の僧侶たちが、急いで読経を始めた。
 様々な宗派の僧侶たちが、声を限りに供養を行った。

 「あっ。あれを見ろ」 
 供養の式には、多くの市民が見物に訪れている。その群衆から、一斉に驚きの声が上がった。
 人々が指を差し示す、その先は、祭壇の上の炎だった。 
 鎌男の墓の土は、火に炙られて、もくもくと白い煙を上げていた。
 その煙の中に、うっすらと長い物が見え隠れしていたのだ。
 「先生。あれは大鎌です。彼の地で草を刈る時に使う長い鎌です」
 「では、祈祷に炙り出されるように、鎌男が姿を現そうとしている、ということなのか」
 何とも怖ろしい事態だ。
 鎌男を天に送るための儀式が、逆にその鎌男の怒りを誘っていたのだ。
 「もしや。あ奴は煙の外に出て、人々を襲おうとしているのではないのでしょうか」
 森下青年の叫びを聞き、私は咄嗟に、新渡戸非仏氏の方を見た。
 非仏氏はすぐさま立ち上がり、諸宗派の許を回った。
 「この場に居る者が挙って協力し、あの怨霊を鎮めるのです。仏門の方々は、声を揃えて般若心経を唱えましょう」
 期せずして、その場に集まった群衆の間から、般若心経を唱える声が湧き上がった。
 すると、すかさず一人の僧侶が後ろを向き、従者や檀家の者たちに伝えた。
 「それ、宗門の皆様。小坊主たち。皆で声を合わせて経を唱えましょう」
 これで、女や子どもたちも読経の輪に加わった。

 小坊主の幼い声が読経に加わると、煙の中の様子が一変した。
 つい先ほどまで、黒く長く鎌の先が、煙と炎の合間で「しゅっしゅっ」と動いていたのが見えていた。
 しかし、子どもの声が響くと、一瞬にしてその動きが止まったのだ。
 「これは・・・。なるほどそうか」
 私の呟きを森下青年が耳に留めた。
 「先生。何か分かりましたか」
 「鎌男は妻子を奪われた恨みで怨霊となった男だ。すなわち、その魂の根底にあるのは、妻や子どもに対する愛情に他ならない。ならば、鎌男を鎮めるのは、子どもや女たちの願いだろう。新渡戸先生!」
 声を掛けるまでもなく、非仏氏も同じことを考えていたらしい。非仏氏は私に小さく頷くと、再び諸宗門に知らせに走った。
 「男の方は後ろに下がって下さい。女や子どもは前に出て、声を揃えてお経を唱えるのです。なあに大丈夫。あの怨霊は女子どもに手を出したことは一度も無いのです」
 非仏氏の言葉に従って、この場に集まっていた群衆の中から、女と子どもが前に歩み出た。祈祷台を囲む女子どもの数は、凡そ四百人に達した。
 小坊主たちが先導し声を張り上げる。
 周りの者たちがそれに続いた。
 すると、燃え上がる炎と煙の合間に見えていた鎌男の影が、ゆっくりと後ろに退いて行くのが見えた。
 「効いた。効いたぞ。森下君」
 「はい。大鎌が見えなくなりました」
 「このまま、鎌男の怨霊が鎮まってくれれば良いが・・・」 
 私は、まさに祈るような気持ちで、祈祷台の上を見続けた。

 一刻の後、「お焚き上げ」の儀式が終わった。天主教のしきたりで始めたので、「お焚き上げ」とは言わぬかも知れぬが、同じ意味だ。
 僧侶たちが急いで鎌男の灰を掻き集めた。
 予定を変更し、同日中に行われる筈だった水難供養を翌日に移すことにして、鎌男の霊を 「舟っこ流し」で彼岸に送ることになったのだ。
 供養のための舟は予め用意されている。
 ここで非仏氏が我々の隣に立ち、前を向いたまま呟いた。
 「舟っこ流しは、ここ盛岡藩で伝えられる送り盆の行事です。提灯や紙花などで舟全体を飾り、亡くなった方を供養します。始まりは享保年間で、盛岡藩の藩主南部行信の娘が川施餓鬼の大法事を行ったのがきっかけです。先頃、明治橋の上でもお話ししましたが、その後になり、彼の地で溺れ死んだ遊女小時の霊を慰めるため、舟に位牌と供物を乗せて流しました。それから後は、この地の一般の市民の間でも盛んに行われるようになったのです」
 祈祷台の横には、その「舟っこ」が置かれている。
 舟は通常、一間と少しの長さらしいが、今はほぼ二間の大きさのものが作られていた。
 「舟っこ流しは、元々、盆に行う行事ですが、今年は水難事故が多発しているため、このご供養を行うものとしたのです」
 我々が見ている前で、褌姿の男たちによって舟が川へ運ばれた。それから、その舟に火が点けられた。
 もちろん、この日の舟には、鎌男の土を焼いた灰が積まれている。
 再び火が燃え上がる。
 舟に付けられた花火がバチバチと音を立てる。
 ほとんど同時に、舟が川に流された。
 舟は北上川の中央に向けゆっくりと出て行き、それから静かに下流に流れ始めた。
 「井ノ川先生。あれを・・・」
 森下青年が舟の上を指差す。
 その炎と煙の中に、長身の男の影がはっきりと見えた。
 「鎌男です。僕が独逸で見たのと同じ姿をしています。でも・・・」
 「先ほどと違い、今は穏やかな立ち姿だ」
 長身の男の影は、舟が進み行く先の方を、じっと見詰めていた。
 その舟が遠ざかると、いつしか男の影も見えなくなった。

 遠くから「ドドドオン」という花火の音が聞こえる。
 はるか上流の方から聞こえて来るようだ。
 「どこか別の場所でも舟を流しているのでしょうか」
 しかし、花火にしては重苦しい音だ。
 「あれは雷ですな。ほれ。七時雨山の方角に黒雲が見えます」
 非仏氏が指し示したのは、はるか遠くの北の空だった。
 「あちらではもう雨が落ちています。雨雲がこの近くまで迫っておるようですから、今日の式はここまでとして貰いましょう。今年の雨は異常で、いきなり豪雨が始まります。水難供養のためにこの川原に来ているのに、そこで流されでもしたら、目も当てられぬですからな」
 非仏氏は我々の傍を離れ、僧侶たちの許に向かった。
 「新渡戸先生のおっしゃられる通りですね。どうやら程なく雨が降るようです」
 「今年はいきなり豪雨になることが多いらしい。気を付けた方が良さそうだ」
 「まあ、ここは街中です。山際のように鉄砲水が押し寄せることも無いでしょう」
 「それもそうだ。慌てることも無いか」
 私と森下青年は、そのままその場に立って、「舟っこ」が次第に小さくなるのを眺めた。
 私はここで振り返り、舟の流れ行く下流とは反対側の北の空を見た。
はるか遠くの上空では、時折稲光が光り、少し間を置いて「ドドーン」と雷が落ちていた。

(七)幽霊姉妹の秘密
 供養式が終ると、非仏氏の指示で、僧侶たちが引き上げ始めた。
それとは逆に、見物人たちが祈祷台や枡席の方に集まり始めた。
 台の上に上がってみる者も居れば、枡席に寝そべる者もいる。
 当月は各地で祭りが行なわれるので、誰もが浮かれ気分に浸っているのだ。
 「先生。この川の流れは実にきれいです。紅葉の季節が来たら、さぞ見事でしょうね。我々もあの台の上に上って景色を眺めましょう」
 祈祷台は五尺ほどの高さで、六段の階段が付いている。
 森下青年の誘いに従って、二人して祈祷台の上に上がってみた。
 まだ五六人の人がそこにいたが、我々のために場所を開けてくれた。
 目の前二間の先には、北上川の流れが見える。
 「川の水が濁っていますね」
 「上流ではだいぶ前から雨が降っていたのだろうな」
 その言葉が終わるか終らぬ内に、シャアシャアと音を立てて、雨が降り出した。
 非仏氏は「今年はいきなり豪雨になる」と言ったが、その言葉に違わぬ降り方だった。
 「これは堪らぬ。この台の下で少し小降りになるのを待って、それから上に上ろう」
 ここで、台の下から声が掛けられた。
 金田一少年がそこに待機していたのだ。
 「井ノ川先生。私がすぐに傘を持って参ります」
 少年はこちらの返事も聞かず、川岸の方に向かって駆け出して行く。
 雨を避けようとする見物客が、慌てて川岸の上に走っていたが、少年はその中に紛れ、すぐに見えなくなった。
 「せっかくですから、あの子が戻って来るのを待ちましょう。酷く濡れずに済みそうです」
 この祈祷台の下や、桟敷席の下には、雨宿りをする者が集まっている。
 我々はその人たちの間に身を寄せて、豪雨を避けた。

 目の前の川面にシャアシャアと雨が当たっている。
 雨は小半刻近く降り注いだが、突然、はたと降るのを止めた。
 「何だか。この季節の雨ではないようですね。そう申しますより、まるで熱帯地方の土砂降り(スコール)に似ています」
 森下青年は、独逸国に渡航した折に、熱帯の国に寄港したことがあるから、その地域の気候にも通じていた。
 川面に突き刺さっていた雨粒が絶えると、波が静まる。
 あとは濁り水が流れるだけである。
 雨の頃合いを見て、周囲の人が祈祷台の下から外に出て行く。
 しかし、雨が止んだ後も、私と森下青年は、そのまま祈祷台の下に残り、川の流れを見詰めていた。
 すると、川の淀みの奥から、ゆっくりと何かが浮き上がって来るのが見えた。
 「先生。あれは一体・・・」
 二人の息が止まる。
 川面に浮き上がって来たのは、着物姿の女だった。
 女は顔を水面に出すと、二度息をした。
 「あれは・・・。朱莉君だ」
 すぐさま、その女の隣にもう一人の女の顔が浮かび上がる。
 朱莉の姉の雪絵だった。
 「雪絵さん!」
 森下君の言葉が届いたのか、後の女が顔をこちらに向けた。
 その女の視線は、森下君のところでぴたっと止まった。
 私はここで朱莉の方に視線を戻した。
 この時、朱莉は私の方に顔を向け、じっと私の目を見ていた。
 私は声も出せず、ただ朱莉の目を見詰め返す。
 すると朱莉は、私に向かって何ごとかを呟くように口を動かした。
前回と同じで、やはりよく分からない。
 私は朱莉に向かって叫んだ。
 「朱莉君。君は何と言っているのだ」
 朱莉がもう一度口を動かす。
 「に・げ・て。はやく」
 朱莉の口元はそんな風に動いている。
 私が横を向くと、森下青年が私の方を向いていた。
 「先生。雪絵さんは『早く逃げろ』と言っているようです」
 「朱莉君の方も同じだ」

 この時、上流の方から「ゴゴゴウ」という重い音が響いて来た。
 我々はほとんど同時に音のした方を向いたが、すぐに顔を見合わせた。
 「いかん。豪雨で川上に溢れた水がこっちに押し寄せて来るぞ。あれはその音だ」
 「すぐに土手の上に逃げましょう!」
 我々二人は祈祷台から飛び出ると、川岸の土手に向かって走り出した。
 雨のせいで川原はすっかりぬかるんでおり如何にも走り難い。
 川原の途中まで進んだところで横を向くと、川上から濁流が押し寄せて来るのが見えた。
 「うわあ。大変だぞ」 
 膝の上までが泥に浸かった。
 倒(こ)けつ転(まろ)びつ、やっとのことで土手の上に這い上がると、間髪入れず奔流が我々二人の間近に届いた。
 「危機一髪」とはまさにこのことを言うのだろう。
 二人のすぐ眼と鼻の先を、怖ろしい勢いで濁流が流れていた。
 我々は泥道の上に腰を下ろしたまま、「ハアハア」と息を吐いた。

 「先生。あとほんの少し遅れていれば、私たちは流されていたかも知れません」
 森下青年は地面に両手を着いて、体を起こした。
 「まったくだ」 
 ほんの五六間先には濁流が渦を巻いている。
 ここで、私は周りを見回した。
 「他の人たちは無事だったろうか。あれではまさに鉄砲水だ。攫われてしまった者は居ないのか」
 「大丈夫でしょう。たぶん、我々が最後でしたから」
 ここで「ガガガア」と大きな音が響いた。
 音は明治橋の方から聞こえて来る。
 我々が目を向けると、明治橋の支柱に大きな流木が引っ掛かり、土台を削っているところだった。
 「怖ろしい。自然の力はかくも怖ろしいものです。とても人知の及ぶところではありません」
 森下青年が再びため息を吐く。
 「あの姉妹が教えてくれなければ、我々はどうなっていたことでしょうか」
 ここで私はようやく気が付いた。
 「あの姉妹。この間も明治橋の下に現れたが、これはこういうことだったのだ。二人して我々の命を守ろうとしてくれていたのだ」

 このことを、私はどう解釈すれば良いのだろうか。
 昨年の陸奥行の際に、我々二人はあの幽霊姉妹に出会った。
 その時、妹の朱莉は、私に向かって「東京に連れて行って」と乞うた。
 それから一年を経た今、このように現れたとなると、その時以来、姉妹はずっと我々二人の近くにいた、ということを意味する。
 朱莉の幽霊は、ずっと私に寄り添っていたのだ。
 
 森下青年も同じことを考えていたらしい。
 「先生。もしや我々はあの姉妹に憑依されているのではありませんか」
 私には何とも答えようがない。
 憑依霊は悪意を伴っていることが多いのだが、あの姉妹にはそれが無いからだ。
 「姉妹は我々を守ろうとしてくれた。だから、邪意をもって我々に取り憑いたわけではない。我々の近くに寄り添って、守ってくれていると思うしかない」

 こうして、我々の二度目の陸奥行は終わった。私と森下青年は東京に帰り、それぞれの暮らしに戻った。
 私には門下生を指導する務めがあり、森下君は軍医としての役務がある。
 もちろん、従前とは明らかに変わったところもある。
 今の私は、ごく身近に朱莉の存在を感じることがある。
 講義中に、聴講生の中に朱莉の姿が混じっていることがある。
あるいは、書斎に独りでいる時、隣室に朱莉の気配を感じたりすることがある。
 しかし、明治橋の一件以来、その感覚は、私にとってどこか心地良いものになっているのだ。
 何時か近い将来、あの姉妹に十分な供養を行い、二人を彼岸に送らねばならない。
 そのことは、私も重々承知している。
 だが、今はまだ、私はどうしてもその気になれないのだ。 (了)

◇参照資料
 ・新渡戸仙岳著、森荘巳池編『仙岳随談』(寺の下通信社)昭和三十八年
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