九戸戦始末記 北斗英雄伝

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物語のあらすじ     <巻号別のあらすじ>     

ここでは、本作のあらすじをご紹介します(巻号別)。

右は標題の背景図より。
 ※ 燃えさかる城と、炎の中を飛翔する龍のイメージで作成しました。


第1巻 三戸南部による宣戦布告 

 この戦。関白に打ち勝つ為のものに非ず、民を救うが為のものなるぞ。

 天正十九年の一月。姫神山の麓に住む疾風(厨川五右衛門)のもとを、玉山重光とその甥の小次郎が訪ねてくる。疾風と小次郎は主・日戸内膳の密命により、三戸偵察に出発する。山館を出発した疾風と小次郎は、早坂峠を越え、岩泉の畝村で盗賊を倒すが、その地で出会った三好平八と共に、盗賊にさらわれた子ども二人を捜す。
疾風一行は三戸に到着し、伊勢屋という娼館を訪れる。そこには「おへちゃ」と呼ばれる娘・お晶がいた。翌朝、伊勢屋には岩泉の盗賊が復讐のために押し寄せる。疾風は首領のほか主だった者を斬った。盗賊退治の調べのため、疾風は留ヶ崎城に招致された。そこでは北信愛の策謀により、東一刀斎という剣士と決闘させられ、これを倒す。
一月十二日。三戸南部は、年賀式に参礼しない「九戸将監らの叛意は明らかである」と決めつけ、直ちに宮野城への攻撃命令が下された。宮野城内の守備は手薄だったものの、工藤右馬之助の計略により、九戸党は三戸勢を撃退した。 
 九戸・南部の相克は小康状態のまま閏一月を経て二月になる。櫛引清長・清政兄弟は、一族単独で九戸攻めの惣大将であった南盛義のいる浅水城を攻め、敵将・南盛義、康政兄弟を討ち取る。
 山館に戻った疾風は、政実の登城要請を受け、日戸郷を出発する。沼宮内では小柄な相撲取り・山ノ上権太夫、小鳥谷では孤児を拾っては寺に届けるお芳に出会う。疾風は毘沙門党の赤平兄弟の妹・紅蜘蛛お蓮一味と戦うが、お蓮を取り逃がす。
 疾風は政実から子ども一人を津軽大浦城へ連れて行くことを依頼される。疾風は、政実から預けられた鶴次郎少年(鶴千代)、三好平八と共に津軽に向け旅立った。

表1 県別ご当地侍(第1巻)  
青森県 南部信直、北信愛、南盛義、大浦(津軽)為信、櫛引清長、櫛引清政
岩手県
九戸政実、工藤右馬之助、玉山常陸、日戸内膳、玉山兵庫、姉帯大学
秋田県
大湯四郎左衛門
上方
羽柴秀吉、前田利家
天正末期での振り分け。実在の人物のみ表記(以下同じ)。

第2巻 三城攻撃の顛末 

 疾風(五右衛門)は平八らと共に津軽に向う。その途中、相撲取りの山ノ上権太夫が一行に加わる。帰路、疾風一行は三戸の伊勢屋を訪れる。出立の直前に、伊勢屋の門前に岩泉兵部(東孫六)が現れる。疾風は孫六と立会い、勝負に勝つが、命は取らずそのまま返した。
 一戸城では城主の一戸図書が、家臣たちに、九戸政実に与することを告げ、「残る者は残り、去るべき者は去れ」と命じる。小平左近は一戸城を脱し、兄の月館隠岐と共に、三戸の南部信直の元に赴く。隠岐は一戸奪還作戦の指揮権を与えられた。
 三月十三日に、九戸党は伝法寺の津村伝右衛門、苫米地因幡、五戸又重館を攻める。この三城攻撃の知らせが届くと、三戸軍は直ちに一戸城を急襲し、城は三戸の手中に落ちた。  
三月十六日。政実は上方からの鉄砲輸送隊の襲撃を命じる。
 疾風は東孫六、平八、権太夫と共に、岩手郡に向かう。
 一行が権太夫の家の近くに達すると、権太夫の家は毘沙門党の襲撃により焼け落ちていた。権太夫の家族を葬った後、疾風一行は日戸館に向かった。
 日戸館では、疾風は主の内膳に対し、三戸方に加わるべきことを進言し、自らは宮野に参じることを申し出た。内膳は、葛姫を娶ることと、玉山重光(常陸)を悩ます鬼を退治すること、の二つを条件に、疾風の離脱を認めた。
 疾風一行は、玉山小次郎の案内で、鬼の棲む山に登るが、そこにいたのは鬼ではなく、雛にも稀な美女であった。疾風はこの女人を「仙鬼」と名づけ、六人目の仲間として迎え入れる。

表2 県別ご当地侍(第2巻)
青森県 東信義、津村伝右衛門、苫米地因幡、木村伊勢、北十左衛門
岩手県
九戸実親、一戸図書、一戸実富、岩泉兵部(東孫六)
秋田県
毛馬内政次、月舘隠岐、大光寺光親、大里修理

第3巻 一戸、沼宮内攻防戦

 疾風は工藤右馬之助とともに鉄砲の輸送隊を襲撃し、これを手中に収めた。鉄砲隊には火薬師の李相虎が奴婢として繋がれていたが、疾風がこれを解放した。李は七人目の仲間として、五右衛門党に加わった。
 一戸城を守る三戸方の浄法寺修理、東信義は、浄法寺左京亮らの計略により、城を出て三戸に急行した。守備兵不在の間に、九戸党一戸実富らが城を奪還した。
 一戸城が九戸党に奪われると、南部信直は己の不利を覚悟し、重ねて秀吉に助力を嘆願することとした。
 三戸方の八戸政栄は、九戸党の分断策を図り、櫛引、七戸への交通を遮断する。
 九戸政実は櫛引河内・左馬之助兄弟と七戸家国を宮野城に召喚し、この分断策を防ごうとする。
 この隙を狙い、八戸政栄が空城となった櫛引城、法師岡館を襲う。法師岡館では、長引く篭城に耐えかねた家臣が、櫛引内儀である篠の命に反し自ら城門を開け、法師岡は落城する。
 天正十九年六月。南部利直と北信愛が、京の羽柴秀吉に援軍を要請した。秀吉は己にあからさまに反逆しようとする咎で、九戸討伐を宣言した。
 五右衛門党は毘沙門党と手を結び、沼宮内城を襲う。城主の河村治部が駆け付けるが、九戸党の一戸信濃に追い払われる。
 この頃、大崎には新領主の伊達政宗が着陣していたが、一揆勢との交戦を開始した。
大崎を攻めたのは、伊達全軍の二万四千兵である。政宗は宮崎城、佐沼城を攻略する。
 伊達軍は一気に城内に乱入すると、一揆勢を女、子供に至るまで徹底的に斬殺した。

表3 県別ご当地侍(第3巻)
青森県 八戸政栄、南部利直、七戸家国、天魔源左衛門
岩手県
浄法寺修理、沼宮内(河村)治部、平館信濃、北愛一、毘沙門堂別当西法院、
宮城県
伊達政宗、笠原民部、千葉信胤、佐藤為信

第4巻 上方軍の来襲

 天正十九年六月。浄法寺左京亮は、九戸方大湯四郎左衛門のいる鹿角鹿倉館に向かうが、浄法寺軍が館を攻略しに来たと解釈した館兵によって、左京亮一行は狙い撃ちされた。
 七月十三日、浄法寺修理は大光寺光親、毛馬内権之助、大湯五平衛と合流し、大湯四郎左衛門のいる鹿倉館を攻めた。包囲軍は数に勝る。波状攻撃により、二百名近くいた館兵は半減し、四郎左衛門は鹿倉館を脱出し、宮野城に向かった。
 天正十九年八月十八日。上方軍の蒲生先遣隊三千騎が沼宮内口に布陣した。
 攻め手の軍大将、蒲生四郎兵衛(郷安)の命により、騎馬兵は山頂の北の主館大手門と、南館下からの二手に分かれ、城内に攻め入るものとした。
 三日後の昼前に、沼宮内に堀尾吉晴、石田三成らの軍勢が到着した。
 蒲生四郎兵衛は、総勢二万五千を超える勢力となった討伐軍を率い、沼宮内城に総攻撃を掛けた。疾風らの狙いは、敵兵が中に攻め入った時に城を爆破し、損害を与えることである。南郭の爆破は成功し、敵に多大な損害を与えた。しかし、数に勝る蒲生軍は大手門口から攻め入り、権太夫と仙鬼の二人は銃弾に倒れる。城は敵の手に落ちた。
 天正十九年八月二十五日。上方先手第一陣の五千兵が一戸城への攻撃を開始した。
 この攻防戦は熾烈を極めた。工藤右馬之助は、守備兵を抜け穴から脱出させ、神明館に仕掛けた爆薬の導火線に火を点けた。
 九戸政実は、一戸城の周囲に火を放ち、上方軍の殲滅を図ろうとした。
 しかし、策が完成しようとした時、その中に領民が残っていることを知ると、政実は火責めを中止し、疾風に民の救出を命じた。

表4 県別ご当地侍(第4巻)
岩手県 畠山重勝、姉帯兼政、根子内蔵介、浄法寺重行(左京亮)
上方連合
蒲生氏郷、羽柴秀次、蒲生郷安(四郎兵衛)、曽根内匠、蒲生氏綱

第5巻 燃え上がる宮野城

 天正十九年八月二十七日。上方遠征軍が宮野城を包囲した。
 天正十九年九月一日。蒲生本陣に諸将が集まり、軍議が開かれた。
 沼宮内攻撃以後の戦では、征討軍は敵九戸方の死傷者の二倍を超える損耗を生じさせている。このため、上方軍は宮野城に使者を送るものとした。使者は長興寺の薩天和尚が選ばれた。
天正十九年九月三日。宮野城の大手門が開き、九戸政実が現れた。
政実は、浅野長吉、蒲生氏郷の二人の許を訪れ、「この戦を終えるに当たり、それがしが求める只一つは、この先、南部大膳の領が損なわれることの無きよう、貴殿らに計らって貰うことだ」と告げる。
 この申し出は、政実の敵である南部信直の保身を求めるものであったため、二人は心底から驚いた。 
 政実は翌朝降伏する約束をして、城中に戻った。
 包囲軍は「もはや戦は終わった」と気を許すが、その隙をついて、多数の九戸の民が城を脱出した。
 天正十九年九月四日。九戸政実以下八人の武将と、その供の者三十名が城から出て来た。
 蒲生四郎兵衛が兵を引き連れ中に入ると、城内にはわずか百騎の兵しか残っていなかった。
 この城を落とすために、上方軍は七千にも及ばんとする兵を失っていたが、九戸軍の死者はわずか一千数百に留まった。

 葛西大崎や和賀では、上方軍によって何万人もの民衆が殺されている。
 政実は、なるべく多くの九戸の兵と民の命を救いつつ、この後、奥州が狂人関白の秀吉により蹂躙されることのない道を選んだのだ。
 これを知った蒲生四郎兵衛は、「このことを世に知られるわけにはいかぬ。直ちにこの城を焼き尽くせ」と兵たちに命じる。

 尻口山の陣屋で、蒲生氏郷は九戸政実に接見した。
 政実は氏郷の眼を直視すると、穏やかな口調で諭した。
 「人の命を軽んじる羽柴は程無く滅ぶ。秋に吹く大風のように去ることになるのだ。さてその時、ぬしたちはどうするのだ」
 いつか来るその日のために、政実は上方軍を叩きのめす一方で、自らの民を野に放ち、草叢に隠したのだった。氏郷は政実の言を受け入れ、「九戸党五千人は城で滅した。もはやここにはおらぬ者を無闇に追い駆けるでない」と、南部信直に命じた。

表5 県別ご当地侍(第5巻)
岩手県 久慈政則、薩天
上方連合
浅野長吉(政)、石田三成、堀尾吉晴、井伊直政、蠣崎(松前)慶広

章別のあらすじ

登場人物のイメージ

九戸政実(橋本時浩画:以下同)
九戸政実(橋本時浩画:以下同)

羽柴秀吉
羽柴秀吉

南部信直
南部信直

厨川五右衛門(疾風)
厨川五右衛門(疾風)

三好平八
三好平八

山ノ上権太夫
山ノ上権太夫

東孫六(岩泉兵部)
東孫六(岩泉兵部)

天魔覚右衛門(知仁太)
天魔覚右衛門(知仁太)

仙鬼(お仙)
仙鬼(お仙)

李相虎(イ・サンホ)
李相虎(イ・サンホ)

紅蜘蛛
紅蜘蛛

疾風(半身像)
疾風(半身像)


厨川五右衛門のふるさと:岩手郡(いわてのこおり)の風景

芦名沢より望む姫神山
芦名沢より望む姫神山

芦名沢より望む岩手山
芦名沢より望む岩手山

巻堀村(仙鬼のふるさと)より眺める岩手山
巻堀村(仙鬼のふるさと)より眺める岩手山

天峰山より眺める岩手山
天峰山より眺める岩手山

姫神山麓より眺める岩手山
姫神山麓より眺める岩手山

田頭城より望む岩手山
田頭城より望む岩手山

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